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アイテム
樺太における中国人労働者移入政策の破綻 : 中国人労働者に対する集団的管理と労働争議を中⼼に
https://ncu.repo.nii.ac.jp/records/2000570
https://ncu.repo.nii.ac.jp/records/2000570d7208ebd-6fc6-4746-a7da-bd59e281805b
| 名前 / ファイル | ライセンス | アクション |
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| アイテムタイプ | 紀要論文2 / Departmental Bulletin Paper(1) | |||||||||||
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| 公開日 | 2025-04-18 | |||||||||||
| タイトル | ||||||||||||
| タイトル | 樺太における中国人労働者移入政策の破綻 : 中国人労働者に対する集団的管理と労働争議を中⼼に | |||||||||||
| 言語 | ja | |||||||||||
| タイトル | ||||||||||||
| タイトル | カラフト ニオケル チュウゴクジン ロウドウシャ イニュウ セイサク ノ ハタン : チュウゴクジン ロウドウシャ ニ タイスル シュウダンテキ カンリ ト ロウドウ ソウギ オ チュウシン ニ | |||||||||||
| 言語 | ja-Kana | |||||||||||
| タイトル | ||||||||||||
| タイトル | Failure of Chinese labor employment policies in South Sakhalin : focusing on collective management and labor disputes involving Chinese laborers | |||||||||||
| 言語 | en | |||||||||||
| 言語 | ||||||||||||
| 言語 | jpn | |||||||||||
| キーワード | ||||||||||||
| 言語 | ja | |||||||||||
| 主題Scheme | Other | |||||||||||
| 主題 | 樺太の拓殖政策 | |||||||||||
| キーワード | ||||||||||||
| 言語 | ja | |||||||||||
| 主題Scheme | Other | |||||||||||
| 主題 | 苦力頭制度 | |||||||||||
| キーワード | ||||||||||||
| 言語 | ja | |||||||||||
| 主題Scheme | Other | |||||||||||
| 主題 | 中国人労働者 | |||||||||||
| キーワード | ||||||||||||
| 言語 | ja | |||||||||||
| 主題Scheme | Other | |||||||||||
| 主題 | 労働争議 | |||||||||||
| 資源タイプ | ||||||||||||
| 資源タイプ識別子 | http://purl.org/coar/resource_type/c_6501 | |||||||||||
| 資源タイプ | departmental bulletin paper | |||||||||||
| アクセス権 | ||||||||||||
| アクセス権 | open access | |||||||||||
| アクセス権URI | http://purl.org/coar/access_right/c_abf2 | |||||||||||
| 著者 |
張, 啓凡
× 張, 啓凡 (Author)
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| 抄録 | ||||||||||||
| 内容記述タイプ | Abstract | |||||||||||
| 内容記述 | 本稿は、1920年代の樺太における中国人労働者移入政策の展開と破綻を分析することを通して、この政策が長期的に継続しなかった理由を解明することを目的とした。具体的には、現地における中国人労働者移入政策成立時における当局の意図、中国人労働者による労働争議の起因と展開の過程について、とりわけ1926年蛯毛内労働争議とその影響に着目して考察した。本稿では、樺太庁編の諸資料と外務省外交史料館所蔵の公文書、及び新聞などを史資料として用いて分析を行った。1905年に日本は南樺太を領有したが、現地の人口密度が極端に希薄で労働に必要な人口が過少であったため、拓殖開発が一向に進まなかった。このような状況を改善するために、樺太庁は中国華北地方出身の労働者を現地に移入しようと計画した。樺太における中国人労働者移入政策は1923年から1927年までの間に実行された。その間にも中国人労働者が起こした労働争議はほぼ毎年発生し、とりわけ1926年の蛯毛内労働争議は特に深刻だった。この労働争議後、樺太庁は中国人労働者移入政策の合理性を再検討した。1927年初頭、中国人労働者の移入を禁止する新方針が発表され、同年から中国人労働者移入の条件が厳格化された後、1928年に中国人労働者移入政策が終焉を迎えた。樺太における中国人労働者移入政策が実行された数年間には、中国人労働者に関わる労働争議が絶えず起こり、特に1926年蛯毛内労働争議は現地における中国人労働者移入政策を転向させることになった。これらの労働争議の原因を探ると、労働待遇とりわけ賃金問題が挙げられる。樺太に移入する中国人労働者が得られる賃金が低廉であったのみならず、労働者と雇用者の間に介在する苦力頭から中国人労働者の賃金の1 割から3 割が控除され、さらに 樺太における高額な生活費によって、中国人労働者の実収入はかなり低い額になった。この苦力頭による管理の仕組みが中国人労働者による労働争議を必然的に発生させることになった。これも樺太における中国人労働者移入政策が破綻した理由であり、長期的に継続できなかった主な理由である。 | |||||||||||
| 書誌情報 |
ja : 人間文化研究 en : Studies in Humanities and Cultures 巻 43, p. 101-126, 発行日 2025-02-28 |
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| ISSN | ||||||||||||
| 収録物識別子タイプ | PISSN | |||||||||||
| 収録物識別子 | 13480308 | |||||||||||
| 書誌レコードID | ||||||||||||
| 収録物識別子タイプ | NCID | |||||||||||
| 収録物識別子 | AA11807171 | |||||||||||