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アイテム
1950年代における日本車両工業の台湾再進出
https://ncu.repo.nii.ac.jp/records/1990
https://ncu.repo.nii.ac.jp/records/1990b383b927-6aa0-4dcf-bffb-5a43546bfcc2
| 名前 / ファイル | ライセンス | アクション |
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| アイテムタイプ | 紀要論文2 / Departmental Bulletin Paper(1) | |||||||||||
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| 公開日 | 2018-02-13 | |||||||||||
| タイトル | ||||||||||||
| タイトル | 1950年代における日本車両工業の台湾再進出 | |||||||||||
| タイトル | ||||||||||||
| タイトル | Re-Entry of Japanese Rolling Stock Industries to Taiwan in the 1950's | |||||||||||
| 言語 | en | |||||||||||
| 言語 | ||||||||||||
| 言語 | jpn | |||||||||||
| キーワード | ||||||||||||
| 主題Scheme | Other | |||||||||||
| 主題 | 台湾 | |||||||||||
| キーワード | ||||||||||||
| 主題Scheme | Other | |||||||||||
| 主題 | 1950年代 | |||||||||||
| キーワード | ||||||||||||
| 主題Scheme | Other | |||||||||||
| 主題 | 車両工業 | |||||||||||
| キーワード | ||||||||||||
| 主題Scheme | Other | |||||||||||
| 主題 | 旧植民地 | |||||||||||
| キーワード | ||||||||||||
| 主題Scheme | Other | |||||||||||
| 主題 | 再進出 | |||||||||||
| 資源タイプ | ||||||||||||
| 資源タイプ識別子 | http://purl.org/coar/resource_type/c_6501 | |||||||||||
| 資源タイプ | departmental bulletin paper | |||||||||||
| タイトルヨミ | ||||||||||||
| その他のタイトル | 1950ネンダイ ニオケル ニホン シャリョウ コウギョウ ノ タイワン サイシンシュツ | |||||||||||
| 著者 |
やまだ, あつし
× やまだ, あつし
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| 抄録 | ||||||||||||
| 内容記述タイプ | Abstract | |||||||||||
| 内容記述 | 日本企業はどのようにして敗戦により一度撤退した旧・植民地である台湾に再進出を遂げたのか。本論は、1950年代前後における日本企業の台湾再進出の事例として、車両工業すなわち鉄道車両製造業の事例を、初歩的に検討したものである。 日本の車両工業が戦後台湾に再進出できたのは、台湾鉄道の規格という日本が植民地時代に設定したルール、そして台湾で車両工業が育成されなかったという日本の政策が影響していた。さらにアメリカの日本占領政策が車両工業を解体するのでなく、軍需産業の民需転換を認め、輸出奨励をするなど、車両工業を生存し拡大させる方向で動いていたことも見逃せない。日本車両工業から見た台湾の位置付けは、企業経営の屋台骨を支えるほどのものではなかったが、1970 年代初頭まで車両輸出を継続できた得意先であった。 |
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| 書誌情報 |
人間文化研究 en : Studies in Humanities and Cultures 巻 29, p. 155-166, 発行日 2018-01-31 |
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| ISSN | ||||||||||||
| 収録物識別子タイプ | ISSN | |||||||||||
| 収録物識別子 | 13480308 | |||||||||||
| 書誌レコードID | ||||||||||||
| 収録物識別子タイプ | NCID | |||||||||||
| 収録物識別子 | AA11807171 | |||||||||||